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了仙寺/伊豆下田 開国ゆかりのお寺<無料記事>

2011 - 06/06 [Mon] - 08:32

了仙寺 下田 開国ゆかりのお寺

 

下田条約の交渉・締結の舞台

了仙寺は家康公の時代から将軍家との関わりがあり、別格の地位を有するお寺だったようだが、その名が歴史の表舞台に登場したのは、日米和親条約の付帯条約として結ばれた、下田条約の交渉・締結の場となったからである。その際にペリーの一行が下田港から歩んできた道が、ペリーロードとして今も残されている。

さてここで日米和親条約について復習しよう。
といっても、そんなに詳しく学校で習ったのかどうかも忘れてしまうほど古い話ではあるけれど...

 

【日米和親条約の概要】

1854年(安政元年)に日本とアメリカとの間で結ばれた条約で要点は以下の通り。

●日本はアメリカに対して燃料や食料を提供する
●船や乗務員を保護する 
●下田・箱館(函館)の2港を開港する
●領事の駐在を認めること
●日本が他の国と結んだ条約の中で有利な条件は自動的にアメリカにも与える

 

実はペリーは1853年(安政元年)に日本に来航し、、大統領の開国・通商を求める親書をもって幕府に開国・通商を求めたが、幕府側が1年の猶予を求めたため一時退去している。そして翌1854年2月に再来航し、江戸湾へ入港した。幕府は現在の横浜開港資料館に応接所を設置し、約1ヶ月にわたる協議の末、全12箇条からなる日米和親条約を締結した。まさに2年越し、ペリーの執念がここに結実する。それにより即時開港となった下田に会場を移し、付帯条約の協議が始まることとなった。 

【下田条約の概要】

●アメリカ人の移動可能範囲は下田より7里、函館より5里四方に限り、武家・町家に立ち入る事を禁じる
●アメリカ人に対する暫定的な休息所として了仙寺・玉泉寺に置き、米人墓所は玉泉寺に置く
●アメリカ人が鳥獣を狩猟する事を禁じる

 

欠乏所の址地

 

条約に従い、開港後の下田では薪・水・食料・石炭など欠乏品を入港してくる外国船に供給することになった。ただし「必要な品物その地相叶うべき事は、双方談判の上、取りきめ候事」(第六条)とのあいまいな条文があったため、ペリー艦隊が入港すると、実際には貝細工・塗物・瀬戸物・小間物・反物等が欠乏所で売られた。貿易は認められていなかったが、欠乏品供給の名目で、事実上の貿易が開始されたのである。

そこでは役人の監督下で、国内の売値よりもずっと高値をつけた品物が売られ、日米通貨の交換比率が米貨を安く評価して交易が行われた。これはまさに「円高ドル安」。日本もその気になれば、このくらいのことはできるわけだ(笑)。おまけに幕府は、欠乏所売上げの三割を税として徴収したので、公には認めなかった貿易から思わぬ利益を得ることになったという。

写真はその欠乏所の址地である。

 

坂本龍馬ゆかりの地

 

 
 
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サスケハナ号/伊豆半島・下田<無料記事>

2011 - 06/06 [Mon] - 08:22

サスケハナ号

 

下田港内めぐりの遊覧船

伊豆半島の下田港には、一艘の黒船が停泊している...
もちろん観光船というのは一目でわかるが、ちょっと気になって調べてみることに。

そもそも、サスケハナ(USS Susquehanna、サスクェハンナとも)の語源は、インディアンの言葉で「広く深い川」という意味を持つそうで、ペンシルベニア州には同名の川が流れている。そして、その名はアメリカ海軍の巡洋艦にも使われ、黒船来航時にはマシュー・ペリー提督を乗せて、はるばる日本へやってきた。

写真の黒船は、それを模して作られた下田の港内めぐりの遊覧船。約20分で湾内を1周する。

運賃 大人 1,000円
小人 500円
*展望室(2階)は特別料金400円が必要です。
所要時間 一周 約20分
出航時刻 9時頃より約30~40分毎に就航


それにしても... おそらく延べ人数では日本人に最も名を知られているであろう外国人・ペリー提督の来航は、日本にとってプラスだったのかマイナスだったのか?
龍馬伝を見ていると、ペリー艦隊は江戸幕府にとっての脅威であり、現実に不平等な内容を含む日米和親条約の締結を迫ったわけだから、プラスとは受け取り難い... とすれば、記念碑や黒船を喜んで観光資源にしちゃってホントにいいの? と思えてくる。

まっ、今は同盟国だし、お客さんも喜んでくれるんだから、それでいいんじゃない…

中国やロシアが日本近海に埋蔵する資源を虎視眈々と狙う時代に、事なかれ主義で生き残れるほど世界は甘くない。これを機会に、少しは幕末の志士のように、真面目に物事を考えてみようと思った貴方には、坂本龍馬の生き様や、下田の歴史に目を向けてみることをお勧めしたい。

 

坂本龍馬ゆかりの地

 

 
 
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ペリー上陸記念碑/伊豆半島・下田のフォトスポット<無料記事>

2011 - 06/06 [Mon] - 08:14

ペリー上陸記念碑

 

本当にペリー提督は下田にやってきたのか?
この胸像は嘉永7(1854)年にアメリカ艦隊を率いて下田に来航したペリー提督が、その第一歩を印した地に建てられ、下田条約調印の地、了仙寺の方向を向いている。

まずは、下田とペリーの関係を簡単に説明しよう。
この年再来日したペリーは、幕府と協議している日米和親条約の交渉過程で下田港が開港地として提示されると、さっそく調査船を派遣した。その報告を受け、下田港が外洋と接近していて安全に容易に近づけること、船の出入りに便利なことなど、ペリーが幕府に要求した条件を完全に満たしていることに大きな満足を得たという。それからまもなく、日米和親条約の締結により即時開港となった下田港に、ペリー艦隊が次々と入港する。その後下田では了仙寺を舞台に、日米和親条約を補足する下田条約の協議が行なわれるが、それはアメリカ総領事ハリスと下田奉行との間で調印されている。

 

ここまで読んでみて、何か違和感を感じた方はいないだろうか?

筆者は本当にペリー提督は下田にやってきたのか? ということにひっかかりを覚えた。

というのは、よく調べてみるとこの像の正式名称が「ペリー艦隊来航記念碑」であり、黒船の代名詞ともなっている「サスケハナ」号も、ここ下田には来航していないからである。
これに関してはまさに「どっちでもいいこと」かも知れないので、これ以上の詮索はしていないのだが、下田=ペリーのイメージには、かなりの勘違いが含まれているように思える。

 

サスケハナ

 

その最たるものが 「黒船来航」だろう。

いわゆる「黒船来航」とは、下田ではなくその前年である1853年7月8日に、東京湾の浦賀沖に現れたペリー率いるアメリカ東インド艦隊の巡洋艦4隻のことを指している。そのうちの「サスケハナ」号と「ミシシッピ」号が帆船ではなく、黒塗りの船体の煙突から濛々と煙を吐いていたことから、黒船と呼ばれたのだ。

「泰平の 眠りをさます 上喜撰(じょうきせん) たつた四杯で 夜も眠れず」
これはその出来事をあらわす有名な和歌で、空砲に度肝を抜かれた江戸っ子が詠んだとされている。

最後に...
そもそも、ぺりーが日本にやってきた理由が面白い。

19世紀前半のアメリカは世界最大の捕鯨国だった。当時、灯油はもちろん、石鹸、ローソク、潤滑油などにも使用できる鯨油の人気は高く、大西洋では大量の捕鯨が続いていた。しかし、乱獲のために鯨が激減したため、アメリカは北太平洋に進出をはじめた。そこで操業するアメリカの捕鯨船乗組員の安全確保と、食料や燃料の補給地を日本に求めたいと考えたのだ。
もちろん、アヘン戦争で清がイギリスに敗北し、列強がこぞって中国に進出する中、アメリカもそれに乗り遅れまいと、日本に足場を確保しようとしたのも理由の1つだろうが、結局は自国が南北戦争に突入し、それはほとんど役目を果たさなかったのである。

 

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稲垣朝則
車中泊専門雑誌カーネルの巻頭特集「車中泊で旅する」を連載しており、その取材で年中日本全国を旅している。
既に日本列島を5往復以上…
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